上越市認定

「謙信公の膳」

四百年の時を超えて、戦国時代の饗宴料理が蘇る!!!

「謙信公のかちどき飯」とは

上杉謙信の日常の食事は一汁一菜の質素なものでしたが、ひとたび出陣となれば、飯

を山のように炊かせ、部下将兵に山海の幸をふんだんに振る舞ったと伝えられます。謙

信が、勝利のかちどきを挙げることを願って用意した料理はどんなものだったのか。

謙信が生涯の大半を過ごした上越市では、戦国時代の武将の食生活の一端を体験して

いただけるよう、当時の文献にのっとり、当時の食材調味料調理法にこだわってつ

くりました。

 当時の饗宴では、料理の枠を集めた膳を300人の家臣に用意したという記録もあり、謙

信の出陣の際も同様に膳でもてなされたと考えられます。

※戦国時代には一般的でなかった醤油・砂糖は使用しておりません。

当時の食器になるべく近い食器を使うよう努力しています。

参考文献 『厨事類記』(鎌倉後記)

       『山内料理書』(1497年)

       『四条流包丁書』(1498年)

       『りうりの書』(室町中期から戦国時代)

       『大草殿より相伝之聞書』(室町末期)

「珍しさ」「おいしさ」「歴史的価値」に感嘆の声、続々!

平成11年に販売を開始して以来、次のような感想が寄せられています。

 

    正直なところ「珍しくはあるが、味は期待するほうが酷」と思っておりましたが、頂いて、びっくり!!!

ゆたかな滋味に溢れ、おもわず「食とは、なんぞや?」と考え込んでしまいました。

   食べたことの無いものをたくさん食べれて感動した。ずんだ酢は里芋につけてもおいしかった。(20歳代女性)

  康的な食事で得した気分。濃い味付けに馴れていたが、薄味でもおいしくいただけた。集め汁が最も気に

入った。(20歳代男性)

    醤油,砂糖を使わないで、この味が出せるなんて不思議。(30歳代男性)

・ 本物の「和食」を食べたという感じがした。(50歳代男性)

・ いかに日頃硬いものを食べていないかがわかった。(40歳代女性)

・ 体にとてもやさしく、こういう料理はなかなか食べられない(30歳代女性)

・  歴史の話の種になる食事。(60歳代男性)

・  食材本来のうまみを満喫できた。(多数)

 古い文献から現在に復元した苦労に敬服。(多数)

 

こちらのお店でお召し上がりいただけます

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こんなお料理です             写真をクリックすると拡大します

出陣の儀の組肴(くみさかな)   勝栗・昆布・打(あわび)

戦国時代には、出陣に際しての食物的儀礼がありました。

流派を超えて共通していたのは、縁起の良い勝栗、昆布、鮑の3種の肴を用意し、三三九度の盃を取り交わすこと。
肴は食べずに、「口に当て懐中に入れる」流派もありました。

 

打ち烏賊(いか)()れ味噌()り   烏賊(いか)冬瓜(とうがん)

烏賊(いか)冬瓜(とうがん)を葛で打ち、味噌味で()った滋味溢れる一品です。

 

さざえの()和え

さざえを、(わた)と味噌と山椒(さんしょう)で和えたコクのあるお料理です。

魚鳥の腸は、料理の味付けに用いられていました。

 

けずりもの   (するめ)・鰹節

「けずりもの」とは、干した魚や鳥を削り酒に浸したもので、古くは平安時代の文献に記述がみられ、戦国時代でも、酒宴の献立に欠かせませんでした。ここでは、(するめ)と鰹節を「()り酒」に浸したものをご用意しました。

()り酒」とは、酒に鰹節と梅干を入れて煮詰めた当時の調味料。

野菜やさしみの味つけなどに使われていました。

 

戦国さしみ   白身魚・くらげ/ずんだ酢・()り酒/辛み

醤油をつけて食べる今日の「さしみ」は、醤油の醸造が始まった江戸時代以降のもの。戦国時代には、わさびや生姜などの「辛み」を載せて、調味した酢などにつけて食べていました。

▼さしみに、お好みの「辛み」を載せ、「ずんだ酢」か「()り酒」につけてお召し上がり下さい。

 

(あぶ)り焼き  合鴨の胡桃(くるみ)(あぶ)り・きすの焼き浸し・川えび・串芋(くしいも)/松の実味噌

牛や鶏などの獣肉は、奈良時代に仏教的な意味合いから禁忌とされて以来、表向きには食されておらず、当時の焼きものの材料には、(きじ)、雁、鴨、鶴などの鳥類と魚、野菜が使われ、塩、酒、味噌、胡桃、唐辛子などで味つけが施されていました。

▼お好みで松の実味噌を付けてお召し上がり下さい。

 

(ぬか)味噌煮  (いわし)・なす・筍・こんにゃく

糠味噌とは,味噌の分量を増やすために、糠を味噌の仕込みの時に、一緒に入れて作った味噌。

甚太(じんた)味噌」とも呼ばれ、味噌同様、汁物や煮物に使われていました。

 

(あわび)黒煮(くろに)

鮑を海草と味噌で長時間煮て、周りを黒く仕上げたお料理。鮑は縄文時代から広く食べられていました。

 

胡桃(くるみ)浸し  はすいも等季節の野菜

保存のきく胡桃は、戦国時代の貴重な滋養源。

そのまま食べるほか、調味料として多用されました。

 

鮎の山吹(やまぶき)

鮎を()った子で和えました。「膾」とは、生の魚鳥を細く切って調味料で和えたもので、
奈良・平安時代から文献に現れます。

 

黒米(くろごめ)

戦国時代の武士の主食であった黒米(玄米)です。

 

(あつ)め汁   干魚・ズイキ・ごぼう・ネギ他

干魚や野菜を取り合せて味噌仕立てにした集め汁は、儀式や饗宴には
欠かせない汁物でした。

 

香の物

味噌漬け、粕づけ、塩漬けなどが一般的でした。

 

水菓子(みずがし)    季節の果物

酒宴でいくつもの酒の(さかな)の膳、食事の膳の後に出されたのが水菓子です。
水菓子後も、膳が次々と出され、酒宴は延々と続きました。

 

 

3種類のコース料理からお選び下さい。

「謙信公の膳」・・・5,250円

一、出陣の儀の組肴        勝栗・昆布・打(あわび)
一、()りもの           打ち烏賊(いか)の垂れ味噌()り  烏賊(いか)冬瓜(とうがん)
一、和えもの           さざえの()和え
一、けずりもの          (するめ)・鰹節
一、戦国さしみ          白身魚二種・くらげ/ずんだ酢・()り酒/辛み
一、(あぶ)り焼き           合鴨の胡桃(くるみ)(あぶ)り・きすの焼き浸し・川えび・串芋(くしいも)  松の実味噌
一、(ぬか)味噌煮           (いわし)・なす・筍・こんにゃく
一、(あわび)黒煮(くろに)
一、胡桃(くるみ)浸し           はすいも他
一、鮎の山吹(やまぶき)膾  
一、黒米(くろごめ)(玄米)
一、(あつ)め汁            干魚・ズイキ・ごぼう・ネギ他
一、香の物
一、水菓子(みずがし)            季節の果物

()の膳」・・・2,625円

一、けずりもの          (するめ)・鰹節
一、戦国さしみ          白身魚二種・くらげ/ずんだ酢・()り酒/辛み
一、(あぶ)り焼き           合鴨の胡桃(くるみ)(あぶ)り・きすの焼き浸し・川えび・串芋(くしいも)  松の実味噌
一、(ぬか)味噌煮           (いわし)・なす・筍・こんにゃく
一、胡桃(くるみ)浸し           はすいも他
一、黒米(くろごめ)(玄米)
一、(あつ)め汁            干魚・ズイキ・ごぼう・ネギ他
一、香の物
一、水菓子(みずがし)            季節の果物

(りゅう)の膳」・・・1,575円

一、戦国さしみ          白身魚二種・くらげ/ずんだ酢・()り酒/辛み

一、(ぬか)味噌煮           (いわし)・なす・筍・こんにゃく
一、胡桃(くるみ)浸し           はすいも他

一、黒米(くろごめ)(玄米)
一、(あつ)め汁            干魚・ズイキ・ごぼう・ネギ他
一、香の物

 

<戦国の食材

戦国時代の食材の主流は、魚鳥類と野菜でした。

●野菜

この時代には、農業技術の改善、農作物の改良などによって、野菜の種類が増え、

生産量、生産範囲が拡大するとともに、野菜運送の専用船があったことが知られ、

多様な野菜が入手できるようになり、甲州の葡萄、紀州・駿河の蜜柑など地域の名

産が生まれました。

 当時、食されていた主な野菜は、里芋、山芋などの芋類、大根、牛蒡などの根菜

類、芹、なずな、よもぎなどの葉物類、しいたけ、しめじ、松茸などのきのこ類、大豆

ユズ、銀杏など。豆腐、こんにゃくもつくられていました。

 果物では、梨、桃、スモモ、牡蠣、栗、胡桃(くるみ)、びわ、ぶどう、ザクロなどがありました。

●魚類

当時の食材にも、今日の「高級食材」のように、高級なもの(美物)とそうで

ないもの(粗物)の区別がつけられていました。

 冷蔵技術が未熟であったため、生で入手できる「鯉」が美味とされ、海の魚のよ

り上位でしたが、江戸時代になると「鯛」がもっとも「美物」とされ、この時代は「鯉」

から「鯛」への過渡期にあったようです。

 当時、食されていた魚としては、川魚としては、川魚では、鮭、鰻、土壌、鮎など。

海の魚では、スズキ、かれい、鱈、鰯、かつお、鮫、エイ、タコ、イカ、クラゲ、海老、

カニ、なまこなど。また、あわび、さざえ、はまぐりなどの貝類、わかめ、昆布、青

ノリなどの海藻類も食されていました。

 なお、魚のすり身でつくるかまぼこは、平安時代から文献に出てきます。

●鳥類

 家畜を飼わなかった当時、よく食されたのは野鳥です。主な種類としては、キジ、

鴨、雁、つぐみ、うずら、鶴、サギ、鷹、白鳥など。

 なお、イノシシ、鹿、熊、ウサギ、カワウソなどの獣肉は、奈良時代に仏教で禁忌

とされて以来,表向きには食されておらず、魚鳥に比べて下級なものと考えられて

いました。

 

 

<戦国の調味料

 当時の調味料の主なものは、塩、酒、味噌、酢。砂糖は日本に入ってはいたものの、

入手はむずかしく、また、今日の醤油は、江戸時代になって始めて醸造されたもので、

当時は使用されていませんでした。

●塩

 塩は古代から使われていた調味料。この時代には、製塩業も発達し、塩問屋や塩

商人も出ました。料理書には、塩はまず()って使うという記述があります。

●酒

 平安時代末期から「酒塩」という用語が見られ、酒は料理の味をよくする調味料

として用いられました。

●味噌

 味噌は、汁物の他、焼き物などにも使われました。

 味噌からは、更に様々な調味料が作られており、すってこした「すめ味噌」、(ぬか)

を入れて作った「甚太(じんた)味噌」のほか、水を加えて煮詰めてこした「垂味噌」は、和

え物、()り物、煮物などに活用されました。

●酢

 米から作る米酢のほか、米酢と酒でつくる酒酢やその万年酢、橙や梅などの果実

酢などが用いられました。

 

 

<戦国の調理法

 多様な食材が入手できるようになったこの時代には、料理の様々な流派が生まれ、

工夫を凝らした繊細な料理が生み出されました。今日の日本料理の基礎は、室町時代

から江戸時代にかけて完成したと言われる所以です。

 主食の米の調理法としては、以前からあった強飯(こわいい)(甑で蒸す)の他、室町時代には、

水を入れて煮る姫飯が普及しました。また、強飯や姫飯を湯や水につけて食べる「湯

漬け」が饗宴などでも供されました。米は、精米した白米のほか、多くは黒米(くろごめ)と呼ば

れた半搗米や玄米が食され、農民などは稗、栗などの雑穀を加えていました。

 副食の調理法としては、生もの(さしみ、生魚を細切りににする膾、和え物)、(あぶ)

物(焼き物)、煮物、()り物、蒸し物、汁物、漬物などがあり、多彩でした。

 

 

<戦国の食器

 現代の食事風景ともっとも異なる点は、神事に使用する「三方」のような「膳」

(塗り物)の上に料理を盛った皿を並べ、それを畳の上にじかに置いて用いたこと。

 当時の食器の主なものは、朱塗り、黒塗りの「塗り物」の椀、小皿、鉢、現在でも

神社の斎器として使用されている素焼きの「かわらけ」の小皿、中国から入ってきた

青磁、白磁の小皿や碗、瀬戸、常滑、丹波、信楽、備前などの素朴な陶器でした。ま

た平安時代の貴族が愛用していた金銀の食器、特に銀の食器にはご飯を盛るのに用い

られたという記述があります。

なお、染め付けは、、中国や朝鮮から入ってきていましたが、赤絵や錦絵は、当時は、

存在していませんでした。

 

 

<戦国時代の饗宴料理の形式

 室町時代の饗宴には、定まった形式がありました。

 まず主だった客に「式三献」が振る舞われました。「式三献」とは、現在の婚礼の

三三九度にその名残が見られ、大中小の三つの盃、料理が載せられた「膳」が三回出

てきます。元服や祝言、武士の出陣、帰陣の際の儀礼でもありました。

 「式三献」が終わると、別室で酒宴が始まり、盃と料理を載せた膳が運ばれてきて

酒三杯をすすめられる「献」が五回繰り返され、その後、食事の「膳」が七膳供され

る、というのが一般的な形式で、これは「七五三膳」と呼ばれました。将軍の御成の

時などは、この後も酒の膳である「献」が続き、合計十七献出されたという記録もあ

ります。

 

 

<出陣・帰陣の儀礼

 武家では、出陣、帰陣の際に「式三献」の儀式が行われていました。様々な型が

ありましたが、共通していたのは、三方のような膳に、大中小の盃を載せて「三三九

度の盃」を行うこと、そして(さかな)に縁起の良い「あわび」「かち栗」「昆布」の3種を

用いることでした。

 「あわび」は、縄文時代から日本人の食料で、(あわび)の肉を薄く剥いて乾燥して伸ばし

た「熨斗鮑(のしあわび)」は、永続し発展する意味でめでたいとされました。

 栗を軽くゆでて干し、焙炉にかけて臼でついて皮を取り去った「かち栗」は、固い意

味の「かた栗」の音便ですが、その音から「勝栗」と「戦に勝つ」意味を持たせたと考え

られています。

 「昆布」は、古くは「ひろめ」「えびすめ」と呼ばれ、縁起の良いものとされています。

そのまま、あるいは火であぶったものを適宜の大きさに切るか、結び昆布にして食べ

られていました。

参考文献

・「日本食物史<上>古代から中世」桜井秀・足立勇、雄山閣、昭和48年

・「飲食日本史」本山萩舟、青蛙房、1956年

・「日本食生活史」渡部実、吉川弘文館、1977年

・「図説江戸料理事典」松下幸子、柏書房、1996年

・「祝いの食文化」松下幸子、東京美術選書、1991年

・「酢の化学」飴山実・大塚滋、朝倉書店、1990年

・「江戸の料理史」原田信男、中公新書、1993年

・「たべもの戦国史」永山久夫、河出文庫1996年

・「日本やきもの史入門」矢部良明、新潮社、1992年

・「日本陶磁の1万2千年」矢部良明、平凡社、1994年

・「漆」、大西長利、NECクリエイティブ、1995年

 

 

 

上越の郷土料理

[のっぺ]

里芋、ニンジン、コンニャク、チクワ、干ししいたけなどを乱切りにして醤油仕立てで
煮込む。仕上げに水とき片栗粉でとろみをつけるのが上越地方のやり方。
色どりに季節によっては絹サヤなどを乗せることもある。
「のっぺ」とは平に納めるという意味があり、祝い事や仏事などには必ず出される。


[たけのこ汁]

ヒメタケノコ(ヤマタケノコ)、じゃがいも、酒粕、さば缶(サケ缶)を入れて煮、味噌で味つけ、最後にとき卵を回し入れる。現在のようにタケノコをビン詰めにして保存することがなかった時代は、季節になると親戚や近所と山へ出かけ、取ったその場で煮て食べた。


[つけ菜の粕汁]

野沢菜で作る。冬の朝の味噌汁の「定番」として親しまれている。煮干しでだしをとり、酒粕を入れて味噌汁を作り、葉先を細かく刻んだつけ菜を入れる。


[押しずし]

すし箱に笹、すし飯、具、笹と、段々に重ねて、最上段に笹をかぶせて押しぶたをし、重石をして1時間くらいねかせる。具は、ひじき、シイタケ、人参、竹輪、かんぴょうなどを砂糖と醤油で煮たもの。家庭の主婦の腕比べになる。


[深ざめの煮こごり]

あらかじめゆでた深ザメを細かく切り、ことこと煮る。砂糖と醤油で味をつけ、バットに流し込み、寒い所に一晩置き固める。12月になると魚屋に棒ザメや深ザメが並び、冬の訪れを知らせたが、最近ではサメがあまりとれなくなり、作る機会も少なくなった。


[紅白なます(なます大根)]

正月やお祝いの時に作られる素朴な料理。千切りにした大根と人参を、塩でもんで水気をしぼり、砂糖、酢、塩をまぜ、味をしみ込ませる。千切りにした大根・人参・油揚げを炒め、砂糖と醤油、酢で味つけた「煮なます」もある。


[ちまき]

笹で三角形の筒を作り、もち米を入れてすげで縛ったものをゆで上げる。きなこや砂糖じょうゆをつけて食べる。田植えが一段落して、笹が新しい葉をつける頃になると、ちまきや笹だんごを作る時期がやってくる。


[おぼろ]

昔からもてなし料理に欠かすことのできない一品である。だし汁を醤油や酒、砂糖で味をととのえ、水とき片栗粉でとろみをつける。最後におぼろ豆腐をおたまですくって入れ、おぼろに火が通って浮いてきたらできあがり。味の出し方、くずのかき方はその家の女主人の腕の見せどころ。


[たら汁]

たらの一番おいしい冬によく食べる。寒い時期ということで、体が暖まるように粕汁にする。たらをブツ切りにし、酒粕を入れた味噌汁で煮る。ささがきごぼうを入れて、火が通ったらできあがり。


[笹もち]

田植が終ると、日を決めて「節句」といって仕事を休み、笹もちを作って親戚や手伝ってくれた家に届ける。つきたての餅を丸めて笹の葉に乗せ、葉を二つに折って作る。あん入りもある。笹の青と笹のほのかな香りが初夏を感じさせる。